夏目漱石の「三四郎」。
三四郎が惹かれていた女性、里美ミネコが、コートから取り出した白いハンカチについていた香り。
不意に三四郎の前に伸ばしたそのハンカチについていた香りは、「ヘリオトロープ」。
何気ないシーンですが、なんだか静かにドキッとする瞬間。
香水の匂いはいつも男を狂わせるのかと。そして三四郎もその一人。
このヘリオトロープとは日本語で香水草といわれていて、白や紫の小さい花。柔らかく、甘い香りがして、フランス語では「恋の花」とも呼ばれてます。
香料業界では、1885年にサフロンから抽出されるヘリオトロピンという分子がヘリオトロープの花の香りがすることがわかり、それ以来、様々な香水で使用。
アーモンドやチェリー、パウダリーでほんわか柔らかなバニラの香りがするので、桜(チェリーブロッサム)のコンセプトの香りでは、このヘリオトロピンはよく使用されてます。こちらではチェリーパイの香りとも言われてます。ゲランのチェリーブロッサムや、Lou-Lou、Chant d’aromes, Charlie RedやEtro Heliotropeにも入ってます。
この三四郎の時代といえば、明治41年の作品で、日露戦争後の日本と文明開化の様子がよく伺えます。
この小説から感じたこと。文明開化で、西洋思想やモノが想像以上に異常なスピードで日本に入ってきたんですね。明治以前は鎖国なので、江戸時代といえば日本文化が濃厚に育て上げられた時代として海外でも注目されてますが、その後短期間で日本に西洋の波が押し寄せ、それを吸収した日本に感心しました。
この時代にビールや軍事技術、断髪や洋服、アンパンやランドセルなど沢山入ってきてますが、香水もその一つです。
明治以前の、それまでの日本の香りとは、香文化。お香や線香、香道の世界が主流です。このお香文化は昔、古代インドから仏教とともに伝わり、そして中国から鑑真が持ってきたもので、香水「液体の香り」は存在してません。
明治ではオーデコロンや香水が輸入されはじめましたが、その一つに三四郎のヘリオトロープがあったようです。20世紀初頭までは、香水とは花の香りを再現したフローラルの香りが主流だったため、バイオレットや白薔薇(ムスクも)と一緒に入ってきたんですね。
小説から読み取れるように、夏目漱石の高い知識人レベルには圧倒されます。この時代にドイツ語やフランス語、英語が次々と文章にでてくるのですが、そんな漱石は何故、ヘリオトロープを選んだのか。何故、バイオレットやバラを選ばなかったのか。
好きな人がヘリオトロープをつけていたのか、イギリス留学中に発見した感動の香りだったのか、想像は膨らみます。